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多摩中心に活動する管理人の撮影ブログ。(since 2007.4.1) 2020年からは西日本に移動。
コロナウイルスの影響で自宅に籠もっている時間の潰し方。

国土地理院の地図を見るという強い娯楽を見つけた。
これ、普通に2, 3時間は溶ける。やばい楽しい。
せっかくなので記事でまとめることにした。

もとは地図でやろうかなあと思っていたのだが、地図は国土地理院以外の楽しげな資料があって著作権が面倒そうなので国土地理院の航空写真で。

最初に目を付けたのは東大和市駅。
まずは東大和市駅の歴史から。Wikipediaおよび東大和市の鉄道小歴史 拝島線より。

1944.05.01 小川-日立航空機立川工場間の専用線開通
1949.05.21 日立航空機立川工場の専用線(日興工業専用鉄道)を西武鉄道が譲受
1950.05.15 上水線青梅橋駅として開業
1954.10.12 直流1500 V 電化開業
1968.05.15 玉川上水-拝島間開業により、上水線から拝島線に改称
1979.03.25 駅名を青梅橋から東大和市へ改称
1980.07.17 駅高架化
1987.03.05 西小川(信)-東大和市間複線化
1988.11.02 東大和市-玉川上水間複線化

とまあこんな感じです。
航空写真的観点から言えば、線路敷設、電化開業、高架化、複線化の4点が大きな変化で見どころ。


1941.6.25
線路はまだ敷設されていない。
左上に特徴的な十字路が存在しており、これは現在の栄公園となり現存している。
栄公園の十字路と写真右のY字路(上宿)を目印に写真を切り取っていった。


1947.7.24
線路が敷設されたが架線等周辺設備が見えない。
非電化らしく付帯設備がほぼ無い線路だけだったよう。


1948.3.29
流石に1年だけでは大きな変化が無い。


1956.4.13
家が増えてきたが、画質が悪く線路に大きな変化が見えない。
1950年に上水線として青梅橋駅が開業、1954年に電化されたのだが。
ちなみに青梅橋という駅名は、写真左下から中央上部に走る野火止用水を渡る橋に由来。


1961.9.5
やはり架線は見えないが、1面1線の青梅橋駅が確認できる。更に、写真中央やや右に1両で走行中の電車が確認できる。パンタグラフが玉川上水側に付いているように見える。荷物列車だろうか。


1974.12.26
ここからカラー。駅は2面2線になっている。1961年では線路の南側に駅の建屋らしきものが見えたが、1974年では入口と道路が北側に移った。
周囲の建物も急激に増加し、高度経済成長を実感できる。


1979.12.9
東大和市へ改称。地上駅としての東大和市駅、わずか16ヶ月の最中。更に高架化工事中。
写真中央上部の変電所あたりで線路が高架を避けるように少し迂回している。
1974年時点では線路はカーブしていないことから、高架化工事のために敷設された仮線と考えられる。


1984.10.26
駅が高架化されて地上駅と線路が完全に撤去され、一部は既に建物も建った。
東大和市駅から玉川上水方面へ出発したポイント通過中の6両編成の列車が確認できる。
玉川上水側の高架部分は複線分完成しているが、線路は敷かれていない。
また青梅街道の東側にもポイントが確認でき、それより小川側は単線用の高架である。
変電所近辺のみ高架が準備されている様子が確認できる。


1989.10.9
複線高架化が完了。
1979年に敷かれていた仮線の敷地がそのまま高架用地に転用されている。


2008.9.9
1989年と線路はほぼ変わらず。宅地開発、駅前開発が大きく進んだ。

出典:国土地理院ウェブサイト。加工して作成。


なんか写真からわかることをまとめるだけですげえ時間かかった。
鉄道以外に目を向けると際限がないほど注目すべき点が多い。

多摩湖南線と国分寺線もやりたいなあと思っている。
多摩湖線は駅の設置と廃止がとても多いので変化に富んでいるし、国分寺線は個人的によく知っているので面白い。
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散歩がてら国分寺線を撮ってきました。
コロナウイルスの影響で、西武沿線を離れるのが遅れました。

ただ家の中にずっと居るのでは心も体も不健康なので散歩へ。
車の通れない踏切へ行くと、なんと畑が無くなっている…。

鷹の台→小川

ここは完全に住宅で埋まりそう。
昔記事にしたなあと思って振り返ると、2014年11月3日の記事で「将来道の両側住宅で埋まりそう」って書いてました。
2020年度には埋まりそうです。

そんでもって埋まらなそうな方の畑に移動。

小川→鷹の台

電車の窓がほぼ全て開けられているところを。


同上

ここは10年後も畑のままな気がする。

思いがけず4月も国分寺線の写真が撮れてしまいました。
少なくとも4月中は小平に居ります。その後の予定は未確定なので、5月も小平に居るかも?

以上
久しぶりに撮影に行きました。
小平にいるのは3月いっぱいということで、春の雪を。

不要不急の外出自粛要請が出ている中の趣味撮影は少し後ろめたいところもありますが、
一応、外で、一人で、同業と会わず、「密閉・密集・密接」の3密を全て回避して撮影を行いました。
行った事を隠したところで感染拡大防止には何の効果もないのでブログは更新します。

TOKYO2020の春
鷹の台

この桜の木、鷹の台駅が開業した頃からあるんじゃなかろうか。
延期が決まった今、TOKYO2020の旗がなんか切ない。

桜雪
国分寺→恋ヶ窪

移動して桜メイン。昔の記憶ではもっと良い絡め方ができていた。
フェンスがなければなあ。仕方ない。

恋ヶ窪
国分寺→恋ヶ窪

更に移動して恋ヶ窪駅前通りから。ここにもかすかにTOKYO2020の旗。
車とか人のタイミングがなかなか難しい。完全に運。

西武国分寺線
国分寺→恋ヶ窪

最後に編成写真。雪ってだけで編成写真もかっこよくなる。

以上。
気づけばブログも13周年。太くなくても長く続く趣味って大事だな。
しかしここにきてついに居住地の変更によりタイトルに問題が。
(よく考えたらここ2年も東京ではあったが多摩ではなかった)
まあ10年変えてないタイトルを今更変えるのもなあと思うのでそのままかな?

居住地が確定したらまた鉄道を撮りに行きます。
10ヶ月ぶりの更新です。
忙しく撮影に行く暇と余裕がありませんでしたが、ようやく落ち着いてきたのでカメラを持って出掛けてきました。

多摩川 西武線
多摩川→新丸子

朝の秩父行S-TRAINはどうやら目黒線と被るダイヤのようで、中華街行のS-TRAINまで待ちました。

西武線 富士山
同上

東急の青蛙狙いで同業者が多かった。
話しかけられて少しお話しましたが、実はこちらは西武車が撮りたかっただけ。
流れで青蛙のことを知ったかぶりしてしまいました。
申し訳なさ。


3月小平に戻るので国分寺線の写真が撮れそう。
ただ色々あって自転車が無くなってしまったのでちょっと不便。

2019年3月のダイヤ改正で向きが逆になってから1度しか撮影していないので、東村山行き前パンとか撮りたい。
4月に研修開始となると小平での生活は3月が最後。無理かもなあ。
久しぶりに撮りに出かけた鉄道写真。
前回のシドニー以来。純粋な撮影目的に限れば10ヶ月ぶり。

平成最後の今日、何を撮影したかといえば特別なものを撮影するわけでもなく、
いつもの国分寺線を撮影してきました。
西武国分寺線
鷹の台→恋ヶ窪

2027Fが運用についていました。
昭和、平成、令和と3時代を走る2000系。
いつまで残ってくれるのか。

恋ヶ窪
最後に2033Fを撮影して終了。

また忘れた頃に更新できたら。
久々の記事更新。
そして2019年初更新。あけましておめでとうございます。

最近忙しすぎてカメラを握ることすら億劫になっています。

ネタもないのですが、今更感しかない内容で少し更新しようかと。


2018年度の第42回鉄道ファン/キヤノンフォトコンテストにて金賞をいただきました。
鉄道ファン/キヤノンフォトコンテスト

この写真、3/11に撮影したものです。この日の記事を見るといかにもこの日に撮影してそうな写真。

当該記事でも少し書いたように、EH200の特徴が出る撮り方がうまくできたと思います。
やっぱり好きな被写体を撮るのは大事ですね。

受賞式では小賀野実先生や米美知子先生から講評やお話を個人的にお聞きできる時間(数分ですが)もあり、プロの視点に触れる機会が得られたところに感激。

そして景品はなんとCanon 6Dのズームレンズキット。
フルサイズには心惹かれましたが、Nikon派なので結局後輩のもとへ。


実はこういうコンテストには初応募でした。
受賞できたから言えることかもしれませんが、宝くじも買わなきゃ当たらないようにコンテストにも応募しなきゃ選ばれない。

大学での活動や友人の活動、いろいろな所でいろいろな人に触発され、2018年夏に複数のコンテストに応募しました。

いくつかの写真を応募するため、他の日にもあえて載せなかった写真がいくつかあります。
でも撮った写真ってやっぱりすぐにTwitterやInstagramにあげたくなりますよね。

ここで我慢できるかが、応募できるかの分かれ目となります。
アップロードした写真は外部発表したと見なされて選考外となってしまいます。

SNSにあがる写真が全てコンテストに応募されれば、
今よりかなりハイレベルなコンテストになるだろうなと。

若者はネット上に公開するのがメインで、このようなコンテストにあまり目が向いていないんですかね。
事実、50~70代の受賞がメインであり、20~30代の受賞者はわずかです。

せっかく豪華な景品もあるので、若者がこぞって先輩と戦うのもいいのかなと思うし、
そして個人的には、写真を大きくプリントしたからこその感動、迫力が感じられないのは勿体無いなあと感じます。

2019年は忙しくて応募はおろか撮影にも行けなさそうですが、
細々とカメラを握る機会は維持していきたいと思います。
三岐鉄道で805Fを使用した団臨と撮影会が開催され,
これに参加させていただきました.

幹事の方をはじめ,様々な方々にお世話になりました.
ありがとうございました.


保々→北勢中央公園口

保々で受付を終えてから沿線へ出向きました.
もちろん西武顔も目当てですが,貨物も捨てられない.


伊勢治田→東藤原

団臨の往路は「準急 本川越」ということで正面がちに.


三里→大安

大安のイオンで休憩後,宇賀川の橋梁で団臨の復路を.


地方私鉄は障害物が少なく,間近で迫力のある写真が撮れるのがいいところ.



団臨のあとは撮影会.
西武顔はもちろん,カマが素晴らしい.

805Fの中では拝島ライナーが一番ツボ.



三里→丹生川

撮影会終了後も日が落ちるまで粘りました.
最後まで飽きない撮影ができてよかった…

なんとか多摩湖線に249Fがいるうちに,桜が咲いているうちに撮影の目処がつきました.

まずは桜とEH200を狙いに残堀川へ.

工9872レ 日野→立川

83レ 立川→日野

PFロンチキという副産物もあり,ひとまず満足.
恋ヶ窪へ移動して国分寺線×桜.

国分寺→恋ヶ窪

そして本命の249Fへ.

国分寺→一橋学園


萩山→青梅街道

青梅街道→萩山
広角の切り位置って難しい.


一橋学園
ツートンの登場で3ドア黄色同士のすれ違いが復活.

一橋学園→青梅街道

正面のベージュは現役時を知らないけど,
側面のツートンは記憶があるからかコッチのほうが被写体に選びがち.

何はともあれ多摩湖線から去る前に249Fを撮れてよかった.

ダイヤ改正前最後の休日.
前回諏訪の帰りに甲府から乗ったE351が頭にありました.

乗車口案内札と絡めたスナップが撮れないか…ということで
わざわざそのためだけに甲府まで行ってきました.

まずは横浜で青雷を.

桜木町→東高島

どうしたら青雷をかっこよく撮れるか思案した結果,
広角・順光が効果的という結論に.
H級の長い胴体,側面ロゴ,特徴的な顔の形,これらがよく引き立つ.

150mm位で撮る直線の編成写真ではこれらの特徴が目立たないのでかっこよさが薄れる.
というのが個人的見解.


甲府
単機の5460レ.側面ロゴも間近で見るとめっちゃデカい.


諏訪の帰りにこうして並んでて,
この光景無くなるな,と思ったらちょっとスナップしたくなった.


乗車口案内札も新しいあずさの絵に変わる.



おわり.今日は普通列車で帰路へ.
国分寺でのヤボ用ついでに国分寺から一橋学園まで歩いて回りました.

国分寺→一橋学園


一橋学園


一橋学園

多摩湖線の日常ということで.
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・Nikon D500
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・AF-S DX NIKKOR 16-80mm f/2.8-4E ED VR
・TAMRON 10-24mm F/3.5-4.5 Di II VC HLD (Model B023)
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・AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G
・Velbon El Carmagne 635
・Velbon UT-43
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