多摩中心に活動する管理人の撮影ブログ。(since 2007.4.1) 2020年からは西日本に移動。
今回は国分寺線恋ヶ窪、鷹の台、両駅について見ていく。
まずは恋ヶ窪駅の歴史から。Wikipediaより。
1955.02.10 西武鉄道国分寺線、恋ヶ窪駅開業
1968.11.12 恋ヶ窪駅-羽根沢(信)間複線化
1986.10.20 恋ヶ窪駅跨線橋使用開始
1947.11.14
画面中央を北西から南東に走る線が川越線(現国分寺線)である。
まだ恋ヶ窪駅は無く、付近は畑ばかり。
1956.3.10
恋ヶ窪駅が開業。当初は1面1線であったことが確認できる。
1961.9.5
1956年から大きな変化は無く、1面1線の恋ヶ窪駅が確認できる。
1966.11.3
恋ヶ窪駅が2面2線となった。
Wikipediaに記述は無かったが、恋ヶ窪駅は初め1面1線で開業し、1960年代前半に2面2線になったことが航空写真からわかった。
北西側、鷹の台駅方面の分岐は線路西側の建物が畑に変わるあたり、
南東側、国分寺駅方面の分岐は道路を渡った直後に確認できる。
ホーム長に対してかなり長い有効長を取っている。
これは国分寺駅-小川駅間で運行されていたブリヂストン東京工場への貨物列車との交換するためだろうか。
1971.4.25
恋ヶ窪駅北側に跨線橋が建設された。
1968年の羽根沢(信)開業に伴い、恋ヶ窪駅から南は複線となった。
また1973年の武蔵野線開業に向けて工事している様子が確認できる。
国分寺線が武蔵野線を跨ぐ部分は嵩上げ工事が進行中であり、南側に仮の複線が見える。
1974.12.26
恋ヶ窪駅に4両編成の国分寺行き列車が入線している様子が確認できる。
駅南側の道路を渡った直後に分岐が見える。羽根沢(信)開業前の単線時代の名残か。
武蔵野線が開業し、その部分の仮線が完全に撤去された。
1984.10.26
恋ヶ窪駅南側の分岐が撤去された。
1989.10.18
恋ヶ窪駅構内に跨線橋が設置されると同時に新駅舎となった。
またホーム長が延長されて6両編成対応となった。
これらもWikipediaには書かれていないが、恐らく同時に改修されたと考えられる。
2008.5.6
1989年から大きな変化は見られない。
続いて鷹の台駅の歴史。Wikipediaより。
1948.10.21 西武鉄道川越線、鷹の台駅開業
1948.11.05 国分寺駅-東村山駅間直流1500 V 電化
1952.03.25 川越線から国分寺線に改称
1961.10.xx 鷹の台駅に交換設備を設置
1982.02.01 鷹の台駅構内踏切廃止
1985.03.12 鷹の台駅新駅舎竣工
1944.11.7
南北に走るのが川越線(現国分寺線)である。
鷹の台駅周辺は林と畑がほとんどである。
1947.7.24
写真中央を横切る玉川上水の北側、現鷹の台駅周辺の林が伐採され開発が始まった。
また玉川上水南側の線路西側に、四角い建造物とそれに付随した側線を引くためのスペースが設けられた。
『鷹の台団地50年』(「鷹の台団地50周年記念文化事業」製作実行委員会、2014年)によると、この位置に糞尿輸送用貯留槽が建設されたが、実際には使用されなかったとのこと。
東小平駅や小川駅等で行われていた糞尿輸送の見通しが良ければここも使用されていたのだろう。
確かに北側に分岐を設けるようにスペースが取られており、井荻から東村山を経てここまで運ぶ予定だったことが伺える。
1956.3.10
鷹の台駅が開業した。ホームは西側で1面1線である。
南側の糞尿輸送用貯留槽は解体された。
1961.9.5
鷹の台駅が2面2線となった。(まだ使用前)
南側の糞尿輸送用スペースはまだ跡地が見える。
1966.11.3
2面2線の鷹の台駅ホーム北側に構内踏切が見える。
南側の糞尿輸送用跡地が完全に消滅した。
1971.4.25
構内踏切への接続する道の形状が変わったように見える。
画質が悪いので断定はできないが、
1979年と1966年で比較すると駅舎の屋根の形状も異なるように見えることから、
1966年から1971年の間に駅舎が改築された可能性がある。
1979.12.9
1971年から大きな変化は見られない。
1984.10.26
鷹の台駅の西側ホーム南端が少し延長された。
また地下道が設けられ、構内踏切が消滅した。
1992.10.10
鷹の台駅ホームが北側へ延長され、北側の分岐も移動した。
また駅舎の建て替えが確認できる。
2008.9.9
1992年から大きな変化は見られない。
以上、航空写真は国土地理院ウェブサイトを出典とし、加工して作成した。
これにて航空写真編は終了。
GWを航空写真の経年変化の観察に充てたことで、ほぼStay Homeで乗り切れた。
さて、そろそろ小平出るか決まりそう。
まずは恋ヶ窪駅の歴史から。Wikipediaより。
1955.02.10 西武鉄道国分寺線、恋ヶ窪駅開業
1968.11.12 恋ヶ窪駅-羽根沢(信)間複線化
1986.10.20 恋ヶ窪駅跨線橋使用開始
1947.11.14
画面中央を北西から南東に走る線が川越線(現国分寺線)である。
まだ恋ヶ窪駅は無く、付近は畑ばかり。
1956.3.10
恋ヶ窪駅が開業。当初は1面1線であったことが確認できる。
1961.9.5
1956年から大きな変化は無く、1面1線の恋ヶ窪駅が確認できる。
1966.11.3
恋ヶ窪駅が2面2線となった。
Wikipediaに記述は無かったが、恋ヶ窪駅は初め1面1線で開業し、1960年代前半に2面2線になったことが航空写真からわかった。
北西側、鷹の台駅方面の分岐は線路西側の建物が畑に変わるあたり、
南東側、国分寺駅方面の分岐は道路を渡った直後に確認できる。
ホーム長に対してかなり長い有効長を取っている。
これは国分寺駅-小川駅間で運行されていたブリヂストン東京工場への貨物列車との交換するためだろうか。
1971.4.25
恋ヶ窪駅北側に跨線橋が建設された。
1968年の羽根沢(信)開業に伴い、恋ヶ窪駅から南は複線となった。
また1973年の武蔵野線開業に向けて工事している様子が確認できる。
国分寺線が武蔵野線を跨ぐ部分は嵩上げ工事が進行中であり、南側に仮の複線が見える。
1974.12.26
恋ヶ窪駅に4両編成の国分寺行き列車が入線している様子が確認できる。
駅南側の道路を渡った直後に分岐が見える。羽根沢(信)開業前の単線時代の名残か。
武蔵野線が開業し、その部分の仮線が完全に撤去された。
1984.10.26
恋ヶ窪駅南側の分岐が撤去された。
1989.10.18
恋ヶ窪駅構内に跨線橋が設置されると同時に新駅舎となった。
またホーム長が延長されて6両編成対応となった。
これらもWikipediaには書かれていないが、恐らく同時に改修されたと考えられる。
2008.5.6
1989年から大きな変化は見られない。
続いて鷹の台駅の歴史。Wikipediaより。
1948.10.21 西武鉄道川越線、鷹の台駅開業
1948.11.05 国分寺駅-東村山駅間直流1500 V 電化
1952.03.25 川越線から国分寺線に改称
1961.10.xx 鷹の台駅に交換設備を設置
1982.02.01 鷹の台駅構内踏切廃止
1985.03.12 鷹の台駅新駅舎竣工
1944.11.7
南北に走るのが川越線(現国分寺線)である。
鷹の台駅周辺は林と畑がほとんどである。
1947.7.24
写真中央を横切る玉川上水の北側、現鷹の台駅周辺の林が伐採され開発が始まった。
また玉川上水南側の線路西側に、四角い建造物とそれに付随した側線を引くためのスペースが設けられた。
『鷹の台団地50年』(「鷹の台団地50周年記念文化事業」製作実行委員会、2014年)によると、この位置に糞尿輸送用貯留槽が建設されたが、実際には使用されなかったとのこと。
東小平駅や小川駅等で行われていた糞尿輸送の見通しが良ければここも使用されていたのだろう。
確かに北側に分岐を設けるようにスペースが取られており、井荻から東村山を経てここまで運ぶ予定だったことが伺える。
1956.3.10
鷹の台駅が開業した。ホームは西側で1面1線である。
南側の糞尿輸送用貯留槽は解体された。
1961.9.5
鷹の台駅が2面2線となった。(まだ使用前)
南側の糞尿輸送用スペースはまだ跡地が見える。
1966.11.3
2面2線の鷹の台駅ホーム北側に構内踏切が見える。
南側の糞尿輸送用跡地が完全に消滅した。
1971.4.25
構内踏切への接続する道の形状が変わったように見える。
画質が悪いので断定はできないが、
1979年と1966年で比較すると駅舎の屋根の形状も異なるように見えることから、
1966年から1971年の間に駅舎が改築された可能性がある。
1979.12.9
1971年から大きな変化は見られない。
1984.10.26
鷹の台駅の西側ホーム南端が少し延長された。
また地下道が設けられ、構内踏切が消滅した。
1992.10.10
鷹の台駅ホームが北側へ延長され、北側の分岐も移動した。
また駅舎の建て替えが確認できる。
2008.9.9
1992年から大きな変化は見られない。
以上、航空写真は国土地理院ウェブサイトを出典とし、加工して作成した。
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